「何整体なんですか?」と聞かれて思うこと

施術をしていると
ときどきこんなことを聞かれる。
「これって、何整体なんですか?」
流派的な名前を知りたいというよりは、
今まで受けてきた整体と少し違うから
単純な興味で聞いてくださってるのかなというニュアンス。
実際、そう聞かれたときには
「何整体というわけではなくて…」
という感じで、実際に触れている部分や施術をしている部分を通して身体のつながりの話や考え方の話をする。

中には
「どういう流派なんですか?」
というように、こちらを何かの枠に当てはめて理解しようとされる方も、たまにいらっしゃいますが。

もちろん、
そういう質問をされること自体が嫌なわけではないけれど、何かの名前がついた瞬間に
「それならこういうものだよね」
と理解されたことになる感じには、少しだけ違和感がある。

実際にやっていることは、
もっとその場の身体を見ながら
変わっていくものだから。

整体って、毎回同じ結果を再現するものだと思われがちだけれど、実際は何かを再現するものではないと思っている。
施術を受ける方が変わるのはもちろん、同じ人でもその日その日によって身体の状態は一定ではない。
もっと言えば、施術者の身体の状態も常に一定ではない。
そんななかで毎回同じものを再現しようと考えるのが無理があるというか、目の前にあるその時の身体をみてその身体に合わせて、ということをするほかないんじゃないかと思う。

そうなると、再現を求めて方法論を身体に当てはめるやり方は自然と選ばなくなる。

整体を始めてしばらくした頃に、僕もいつでも同じ結果が再現できる「正しい方法」みたいなものを探していた時期もあった。
どのやり方が正しいのか。
どの技術が優れているのか。
そういう答えをどこかに見つけようとしていた気がする。

もちろん、今までに学んできたものの影響は今の施術の中にもある。
ただ、何かの方法を当てはめているというよりは、
「この身体は今どうなっているんだろう」
そんなことを考えながら触れている時間の方が今は多いし、そういうやり方が性に合ってるんだと思う。