カギの神隠しと認識のこと

仕事を終えて一段落。

施術用のタオルもたたみ終えてぼちぼち帰ろうかと思ったけれど、翌日の出張整体の準備がまだできていなかった。

「明日の朝早く来てやればいいか」
そう思って結局朝バタバタするということを懲りずに何度も経験しているので、さすがに今日はやって帰ろう。

出張用の荷物をまとめ終わり、
「よし、帰ろう」とキーケースを取り出す。
サロンの鍵を出そうとしたときに、
ふと気づく。

自宅の鍵がない。

キーケースにはサロンの鍵と自宅の鍵が一緒に入っているはずなのに、なぜか見当たらない。
そういえば、空き時間にコーヒーを飲みに行くときにサロン以外の鍵を取り出してそこに小銭を入れて出かけたような気がする。

そんな難しいところにしまったはずはないのだけれど、店の中をあちこち探しても、どうにも見つからない。
ただ、外で落としたということはないはず。
店のどこかにあるはずなのに、なぜか見つからない。
まさかそんなはずはないと思いつつ、さっき畳んだタオルまで全部広げてみるけれどやっぱりない。

「えー、マジでどこにあるの?」
と焦りながら必死に記憶をたどる。
その後もしばらく探し回ったけれど結局見つからず。
仕方がないので、妻に事情を説明してから帰宅することに。

そして翌朝。

通勤電車の改札の前で、
リュックのポケットから定期の入った財布を取り出そうと手を入れると、なにやら金属の感触が。

取り出してみると、昨日必死に探していた自宅の鍵だった。
「よかったー」という安堵と、
「いやいや、昨日ここ確認した時はなかったじゃん」
という謎の苛立ちみたいな感情が。

電車に乗って妻に報告のLINEをしつつ、
こういうたまにある神隠しとしか言えないような現象について少し気になって調べてみると、
人間の脳の認識のクセが関係しているとのこと。

人は何かを探しているとき、そのものだけを意識して見ているけれど、逆にその意識が強すぎると見落としてしまうこともあるそう。
そして、探しているものとは違う目的で見たり手を入れたりすると急に見つかることがある。
今回の僕の場合も、
「鍵を探す」という意識では見つからなかったのに、
「財布を取り出す」という別の目的で手を入れたときに気づいた。

確かに、意識的にやった方がいいことと、意識しないでやった方がいいことってあるよなと思った。